伊達の里 赤芝町「古民家孫太郎」は、癒しと安らぎの時空間。

古民家孫太郎について

  • HOME »
  • 古民家孫太郎について

伊達の里、赤芝町

室町時代、伊達家は現在の福島県伊達市一帯を治め、さらに勢力を拡大し、山形県高畠町付近も支配下に置きました。その高畠城を拠点として、長井氏と長く領土争いを続けました。

伊達政宗の祖父 晴宗から、現在の米沢市である「上長井」まで領土拡大を図りました。そうした時代背景の中、館山城にて伊達政宗が誕生しました。

進藤家のある赤芝地区は館山城とは徒歩15分程度の位置関係にあり、現在も武家集落の名残があります。

進藤家の変遷

<江戸時代>
進藤家は代々、伊達家に仕えていましたが、伊達家の岩出山への国替えには同行せず、その後、置賜地区を治めた上杉家に仕える傍ら塾も開いていました。(墓石に塾生の名前が刻まれていた)

幕末には孫太郎の父の孫左衛門が刀(水心子正秀)を新たに入手し、官軍と新潟県新発田市付近で戦っています。

<明治時代>
新蔵は孫太郎の次男で、向学心が強く、頭が良く医者を目指し勉学に励み、畳二畳ほどの世界地図を描いた世界地図は今も家に残っています。将来を嘱望されましたが、結核のため明治28年4月に他界しています。

明治23年1月2日、赤芝地区の大火があり、我が家も消失しました。

当主の孫太郎は村の収入役でもあったため、家の再建を行なうとともに地区の復興に尽力しましたが、父、孫左衛門の死から数年後に亡くなっています。

<大正時代>
当主の伊勢吉は旧三沢村の村会議員を務めました。赤芝、吹屋敷に電灯がつきました。

<昭和時代>
祖父は旧三沢村役場に勤め、米沢市との合併時、村の最高責任者として合併交渉に臨みました。

終戦後、進駐軍への刀の供出時は、刀「水心子正秀」だけは蔵の奥に隠し守りました。

祖母は職業婦人として産婆を生業とし地域のために貢献しております。

昭和30年代には日活映画「忍ぶ川」(加藤剛・栗原小巻主演)の撮影場所になりました。

<平成時代>
家紋の「丸に蔦」は子孫繁栄を願い蔦の生命力にあやかったものです。今も伊達市周辺地区では正月飾りとして蔦を使用しています。

古民家孫太郎

明治23年の赤芝地区大火当時、家の再建を行なった進藤家当主の孫太郎は、村の収入役や村議会議員を務めました。

家の再建は新潟の大工により年内に完成したとのことです。特に基礎部分に力を入れ、建物部分は他の家の6~7割増しの資金を投入したと聞いており、孫太郎の家族に対する想いが伝わってきます。

今、家の仏間の壁には孫太郎夫婦以降、四代に渡る夫婦の遺影が飾られています。

家の周りは水路で囲まれ山からの水が常に流れ、そこに棲む昆虫たちが成長し夏には家の周りを飛び廻っています。

庭に地元の樹木や植物が植えられ、四季折々、目を楽しませてくれます。

特に池のほとりに自生した「水芭蕉」や三春の滝桜の苗木を移植した「紅枝垂れ桜」は毎年春に庭を華やかにしてくれます。

そして、畑では絶品の枝豆のほか、季節毎の野菜が収穫でき、食卓を豊かにしてくれます。

冬は雪が多く、そんな四季の変化がはっきりした環境のなかに古民家「孫太郎」は凛と建っています。

運営者概要

屋号 古民家 孫太郎
米沢古民家「陰翳の会」第一号会員
代表者 進藤 俊彦
所在地 〒992-0075 山形県米沢市赤芝町162番地
TEL 090-8258-2160
FAX 0238-32-2160
創業 平成29年4月
事業内容

お気軽にお問い合わせください。 TEL 090-8258-2160 受付時間 10:00 - 18:00

PAGETOP
Copyright © 古民家孫太郎 All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.